訓育方針(団委員長のつぶやき)


 

 67年前に安養寺で産声を上げた宇都宮第一隊、今にして思うと、我が中臣隊長は当時のスカウト達の訓育を何を拠り所にして展開していたのだろう。

 

 先輩がいるわけでも無く、プログラムの企画・立案などのノウハウも少ない中で、あったのは一つの信念だけでは無かったのかと想像します。

 

 そして手にしていたのは「スカウティング・フォア・ボーイズ」。この一冊の中に込められた多くのゲームやプロムグラム。年間我々が展開して来た、隊・班活動は多分この本からの抜粋では無かったか・・、ただ我々の強みは毎週の日曜礼拝で聞かされた(正座で辛かったが)隊長のお説教、このプログラムの展開と隊長のお説教(当時は隊長の御父上もずっと日曜礼拝をやられていたが)の二つのセットされた訓育プログラムにより我々はスカウティングの神髄に徐々に近づいて行けたのではないかと自負しています。

  

「失敗したら、また8人からやりなおしなさい by BP

  

 現在の置かれている我々の立場を見ると、決して失敗した訳ではないが、スカウト人口の減少の焦りからか、日本の、栃木県のスカウティングの方向性が見えづらくなってきている。

 

当団も逆風の中、組・班の数の減少が顕著になり、団として何等かの手を打ってはいるものの有効な解決策が見いだせてはいないのが現実です。

 

 昨年のファミリーキャンプ、今年の日本ジャンボリー、スカウティングは楽しさの中で自分の成長を確信できる運動である事は間違いの無い判断であるが、それをどう拡大させるか、我々リーダーの狙いとするスカウティングの二大制度をどう運用できる組織を確立できるか、もうすぐ70星霜を迎える今、考えられる事はへたげな方法論に捕らわれず、再度発団当時に戻り、基本を徹底的に、愚直に展開して見てはどうだろう。

 

続ける、という事は難しい事ではあるが、70星霜を迎えるに当たり、再度ここで、少なくともリーダー間で一団の立ち上がりを再確認し、絶対に無くしてはならないものを認識しこの運動を再度盛り上げて行きたい。

 

同性異年齢集団による、有機的活動体組織

    (である班が)

観察と推理をしながら自然の中を歩き回る

   (スカウティングはゲームである)

そしてそのルールは「ちかい」であり、その具体的方法は「おきて」である

   (だから「ちかい」を知るスカウトは三指の敬礼をする)

 

どの様な活動をするのか

「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするように

そして報いを求めぬように」

 

我々は人のお世話をする為に進歩を目指す

    (だから左の胸に進歩記章をつける)

 最後に自分が生まれた時よりもいい社会を残して永遠の眠りにつく

    (死して後もスカウトだ)

 

 スカウトもリーダーもスカウティング・フォア・ボーイズを再度熟読して下さい。

 

宇都宮第一団には、心の故郷である安養寺があります。安養寺には中臣昭範という我々の人生の柱がいらっしゃいます。そして中村知という我々リーダーの拠り所がいつでも見守って下さっています。

  これだけ恵まれた環境の中でスカウティングを展開できる我々には何の不足も無いはずです。

 

 繰り返します。

 

今我々には「捨ててしまってもいいもの、絶対に無くしてはならないもの」を正確に見極め無くしてはならないものを死守し、次世代につなぎ、永遠に宇都宮第一団を繁栄させて行って欲しいと思います。